漂泊の俳人 井上井月『井月句集』 復本一郎編

暮らしのヒント

発句篇/俳論篇/参考篇

芭蕉の「侘び」の世界を求め生涯漂泊の中に

 井上井月(いのうえせいげつ)(1822〜1887)は、江戸末期文政5年、長岡で生まれた。本名・井上克三。武士の出(長岡藩)で、廃藩後、一家が帰農したといわれている。天保10年(1839)、18歳で江戸に出て、以降、北は象潟から、西は明石まで漂泊、行脚の生活を送る。そして、生涯、松尾芭蕉の「侘びの俳諧の世界」を求めて、野ざらしを心に一所不在という絶対自在の境涯を自らに課して、漂泊の中に身を晒す。

明治22年。南信濃伊那谷の地で
何処やらに 鶴の声聴く霞かな
という辞世の句を残し、生涯を閉じる。享年66歳。

近世(江戸から明治期)俳人の最後の高峰の全貌

 江戸末期、信濃の地にあって、北の小林一茶、南の井上井月と称されていた井月。しかし、一般には大正10年(1921)出版の『井月の句集』(下島勲・編纂、芥川龍之介・跋)迄は、無名の存在だった。
 本書は、井月の発句、俳論を精選、始めて詳細な註解を付す。併せて、井月の文業を最初に世に紹介した下島勲、高津才次郎の井月論の収録。詳細な略伝も加え井月の全貌を伝える。

目次
・発句篇
 春の部
  天文・地文・人事・動物・植物
 夏の部 〃
 秋の部 〃
 冬の部 〃
 新年の部 〃
・俳論篇
 俳諧雅俗伝 用文章前文
・参考篇
 略伝 下島勲
 奇行逸話 高津才次郎
 俳人井月
 井月の追憶と春の句
 乞食井月の夏
・解説 復本一郎
・主要参考文献
・略年表
・初句索引

越後への思いのにじむ井月「望郷句」

 井月は18歳で長岡藩を出て、生涯故郷へ帰ることはなかったのだが、故郷への思いのにじむ句も多い。
雁がねに忘れぬ空や 越の浦 初鮭やほのかに明けの 信濃川 
雪車そりに乗りしことも ありしを笹粽 繭の出来不破の関屋の 霰かな

井上井月・四季名句集

[春] 山里や雪間をいそぐ 奈の青み 雛に供ふ色香めでたし 草の持餅
[夏] 霞むべき山は放れて 夏木立 川かぜも松風もきて 夏神楽
[秋] 草木のみ吹くにもあらず 秋の風 芒さえ花とみられて 穂屋祭
[冬] 何云わん言の葉もなき 寒さかな 行き暮れし越路や榾ほたの 遠明り
[新年] 雪ながら梅は開くや 去年今年 盃の用意も見ゆる 雑煮膳
(会報誌:2022年2月)