小川家の将来を託された未明


写真は、明治28年(1895)2月、上越市寺町の鹿野写真館(現在も同地で営業中)で撮られた母チヨと未明(本名健作)の写真です。未明は右手に分厚い本を持っています。
当時、未明は13歳、母チヨは32歳でした。 この年4月、未明は高田中学校(現在の高田高等学校)へ入学します。

 高等小学校時代、教師に理解されず、孤独で苦しい時期を過した未明にとって、中学への進学は心機一転、新たな希望の世界へ旅立つ意味をもっていました。母にとっても思いは同じだったでしょう。加えて、一人息子が成長し、中学へ進学する、その嬉しい思いを胸に潜めての記念写真でした。

 写真には、父澄晴の姿はありません。未明が生まれた明治15年(1882)、赤子の未明を膝の上で抱く、澄晴の満足そうな写真が文学館にはありますが、父澄晴は明治の人らしく、家庭の人であるよりは、立志の人として自らの事業にまい進、家を留守にすることが多かったようです。
神道の修行者でもあった父の事業は、上杉謙信の居城であった春日山に、謙信を祀る春日山神社を創設することでした。父が神社創設願書を提出したのは明治26年(1893)6月、翌年2月には許可が下りますが、その前後、父は資金集めに諸方を奔走していました。

「山上の風」(「日本評論」大正5年(1916)9月)という小説には、春日山神社に移り住んだ家族の当時の思いが描かれています。母は「もう、今年中は町から誰も訪ねてくれる者はない」と淋しそうに息子に言います。「こんな山へなど来なけりゃよかったんだね」と息子がそれに答えます。父が山に御堂を建て、そこへ一家が移ってからは、冬季は積雪のため山から下りることも山へ上ることもできなくなります。それでも母は父に従い、息子に、はやく父のあとを継いでほしいと願うのです。息子は自分の自由が束縛されたように思いつつも、自らの道を信じて山に住む、孤独な父の姿を見やります。

 母チヨは、厳格で気性の激しい人だったといわれています。高田藩榊原家氏の家臣であった小川家の娘チヨは、長刀をたしなむ、武士の娘でした。父澄晴は、同じ榊原氏の家臣であった大川義応の三男で、小川家へ婿養子に入った人です。武士の世が終わり、禄を失った小川家の再興を期待されたのが澄晴であり、未明でした。チヨが、不在がちの夫に従い、さらに未明を厳しく育てあげようとしたのは、時代状況や家の再興を背景にすると理解されます。

 未明は、当時、建築中の春日山神社の施工具合を見に、何度も幸町の家から街道を往復しています。春日山へ転居してからも、冬季を除き、未明は高田中学へ歩いて通いました。いずれも片道5キロ以上はある道のりです。春日山での寂しい暮らしのなかで自然と向き合った体験や、そうした往復での見聞が、自然の姿を未明の胸に刻みこませることとなりました。文学館では、小川未明が遺した写真を多数、小川家からお預かりして所蔵しています。
*小川未明文学館HPより 2. を掲載させていただきました。1.~14. はHPでご覧いただけます。

1. 家族の絆と文学への思い
2. 小川家の将来を託された未明
3. 最晩年に書かれた童話原稿「ふく助人形の話」
4. 連載童話「よろこびからす」生原稿
5. 幻の全集
6. 丸善版『未明童話集』の魅力
7. 挿絵の魅力(「月夜と眼鏡」)
8. 挿絵の魅力(『小川未明コドモヱバナシ』)
9. 雑誌「黒煙」
10. 雑誌「お話の木」
11. 第1小説集『愁人』 作られたる人にあらず
12. 小説集『血で描いた画』 大正中期のピーク
13. 童話集『海から来た使ひ』 今後を童話作家に
14. 童話が生まれた場所「未明の部屋」

〒943-0835
新潟県上越市本城町8番30号(高田図書館内)
電話:025-523-1083
所蔵品紹介:上越市HP

(会報誌:2021年9月)


小川未明のおすすめ作品4選


赤い蝋燭と人魚 2002.01.01/小川 未明/偕成社


月夜とめがね  2015.05.20/小川 未明/あすなろ書房


野ばら―小川未明童話集 1982.12.01/小川 未明/童心社


小川未明童話集 (新潮文庫) 1961.11.13/小川 未明/新潮社

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