鎮魂の神社(京都逍遥)

暮らしのヒント

大原 精一(広報委員・越後長岡ふるさと会)

一.怨霊の跋扈する街・京都

 京都は古来怨霊の跋扈する街であることを皆様はご存知であろうか。

 怨霊とは自分の受けた仕打ちに恨みを呑んで祟る霊のことであり、その中には死霊と生霊がある。死霊とは既に世に無い人の霊であり、生霊は現に生きている人の霊である。前者の代表は菅原道真であり、後者の例としては源氏物語の中で葵の上を呪い殺した六条御息所(みやすんどころ)が有名である。ここでは死霊について記してみたい。

 なお、菅原道真は日本で最も有名な怨霊であるので、いずれまとめて記述する機会をつくりたい。


六条御息所/六条御息所葛飾北斎画『北斎漫画』

二.平安京誕生時の怨霊

 延暦十三年(七九四年)、桓武天皇は十年間住んだ長岡京を捨てて平安京に遷都した。これには深い因縁があった。
 桓武天皇は母親が渡来系の家系の出であることから、天皇にはなれないと見られていたが、藤原家の陰謀により最有力候補の他戸親王(おさべしんのう)とその母親の井上内親王を廃位させ、死に至らしめることにより、天皇になることができたのである。
 長岡京へ遷都してから造長岡宮使であった藤原種継が暗殺される事件があり、その責任を問われる形で無実の皇太弟・早良親王(さわらしんおう)が無惨な死に追いやられたの
である。その後、皇室や藤原家に不幸が続き、悪疫も流行したため、早良親王の祟りだと噂されたのである。そのような暗い流れを断ち切りたいとの思いを込めて、新しい都を「平安」京と命名したのであろう。

三.祟道天皇の尊号の追贈

 桓武天皇の即位から平安京遷都に至る過程には藤原氏が深く関与していたとされており、桓武天皇がどれだけ主体的に関与していたのかは歴史の闇の中にあるが、延暦十九年(八〇〇年)に早良親王に対して「祟道(すどう)天皇」の尊号が追贈されたのである。
 死んだ後に天皇の名称を与えられて死霊が喜ぶとは現代人には理解できないが、当時の人々は怨霊の存在を疑いなく信じており、追贈・祈祷等によりそれらを抑え込めると信じていたのであろう。


祟道神社

四.祟道神社の創祀

 天皇号の追贈だけでは安心できなかったのであろうか、貞観年間(八五九~八七七)に祟道神社を創祀するのである。場所は現在の叡山電車の「三宅八幡駅」から徒歩八分の所にある。昔の若狭街道の交通の要の地である。都の北東、即ち鬼門に当たる場所にあり、事件のあった長岡京は南西、即ち裏鬼門に該当しており、方角をしっかり弁えて配置されたのである。
 因みに、昔この神社の川向に小野神社があって小野妹子の一族が祀られていた。現在は祟道神社の境内にあり、妹子の子の小野毛人が祀られている。

五.現在の祟道神社の佇まい

 私はこの祟道神社に何度か参詣しているが、毎回境内において他の参詣客に会ったことがない。清掃をしている神主さんに会ったぐらいである。現代人には忘れ去られた存在のようである。
 また、参道は結構広くて立派ではあるのだが、小暗い上に何故か湿気があって陰気な感じが強いのである。私には今でも早良親王の怨念が漂っているような気がして寒気を覚えるのである。千二百年以上前の怨念が消えずにあるとしたら恐ろしいことである。非道の行いは永遠に許されないのだと肝に銘じる必要があるのであろうか。


三宅八幡宮


三宅八幡神社奉納子育て祈願絵馬

六.祟道神社の近辺

 この神社の最寄り駅名にあるように近くに三宅八幡宮がある。この神宮は小野妹子が遣隋使として随に赴く途中に病に罹り、九州の宇佐八幡宮に祈願して直ちに治癒したことから、この地に宇佐八幡宮を勧請して創建されたものである。「三宅八幡神社子育祈願絵馬」が国の重要有形民俗文化財に指定されており、見ることができる。


蓮華寺庭園

 その他、駅から祟道神社への途中に蓮華寺というお寺がある。書院から石川丈山作の庭園を見ながら、見事な紅葉の景色を楽しむことができる。無粋な観光客によって俗化され切ってしまった紅葉の名所とは違って、静かで落ち着きのある京都の秋を感じてみるのも一興であろう。

七.怨霊封じの神社

 京都は政治の中心たる都であり、天皇位を巡る争いや高級貴族の権力争いが日常的に繰り広げられ、恨みを呑んで死んだ人々が多かったのである。
 京都には、平安時代に政治的抗争により非業の死を遂げた複数の人々の怨霊を合祀した御霊(ごりょう)神社があり、現在は上御霊神社と下御霊神社に分かれている。こういう御霊封じ専門神社があるだけでも京都の怨霊の多さが分るのである。これらについては別に稿を改めてお話させていただく予定である。 (会報誌 2021年4月:大原 精一)

写真引用
六条御息所:Wikipedia /葛飾北斎画『北斎漫画』より
祟道神社:Omairiより
蓮華寺庭園:おにわさん


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