私 上野界隈 記

私 上野界隈 記

Ⅰ「上野」と「郷里」との縁

イ、昭和4年(1929年)

私達十日町を郷里とする者にとり、ふるさとソングともいうべき『十日町小唄』が誕生した年。
一、越後名物かずかずあれど
明石ちぢみに雪の肌
着たらはなせぬ味の良さ

※テモサッテモ ソジャナイカ  テモソジャナイカ (歌詞は、追加、追加で、18番まで)

この、今では全国的に知られている新民謡『十日町小唄』は、もともとは、当時の十日町産地の主力商品・「明石ちぢみ」の〝コマ・ソン〟であった。作曲は、斯界の第一人者・中山晋平。作詞は、当初は野口雨情・案もあったと聞くが、結局、当時無名の永井白湄に落ち着く。

そこには、こんな経緯があったという。当時、永井白湄(本名・豊太郎)氏は、上野松坂屋の呉服部意匠研究担当者。仕入れと共に、色柄などの指導の為に始終訪れており、当地の土地柄にすっかりほれこみ、作詞は是非自分に、と申し出たのだとか。永井氏は、早稲田の文学部で学んでおり、恐らく、詩作の素養・実作経験もあったのであろう。

ロ、作詞者と父との交流

この同じ昭和4年3月。私の父・勇が、早稲田の学業を終え、帰郷。同族経営の織物会社〈たきぶん〉の一員となる。そして同学の誼よしみもあり、先輩の永井氏との交流が始まる。

父は、昭和18年12月、39歳で早逝(当時私は6歳)。遺品の中には、十日町小唄の音符類など膨大な資料が残されていた。そして洋服箪笥には、全て「上野松坂屋」のラベル付きの背広類が残されていたのだった。
なお、現在の上野広小路のランドマーク・上野松坂屋は、瀟洒な化粧材で覆われているが、建物の中身は、昭和4年建築の歴史的建造物(設計・鈴木禎次)であるという。


上野松坂屋

Ⅱ、私の[上野界隈]遍歴点描

イ、昭和18年(1943年)3月

この年の年末に他界した父が、私の3歳年上の兄(当時小2)に、「おい春休みには東京へ連れて行くぞ」と約束していた通りに、家族4人揃っての最後の旅行となった。
宿泊先は「天神下・成田屋旅館」。当時、私は学齢前ではあったが、この記憶は、しっかりと残されてきた、都電の停留所名「天神下」も微かに。

ロ、昭和27年(1952年)6月

この年の4月、十日町中学の三年生に進級した私達は、修学旅行で東京へやってきた。宿泊先は上野駅前の旅館。不忍池でのボート遊び、池畔での進駐軍米兵との交流などの写真が残されている。
なお、私たち十日町中学の校歌(S27年11月の制定)も作曲・中山、作詞・永井のコンビによるもの。

ハ、昭和33年(1958年)10月

上野のお山には、芸術鑑賞でこれまで数限りなく訪れているのだが、忘れ難いのが日本初の『ゴッホ展』(国立博物館・S33年10月15日~11月25日)。10月末の日曜日、中学の同級生女友達を誘って会場へ。入場料200円。館内は
大変な混雑ぶり。記録によれば、会期中の入場者数は45万人だったとか。こちらも写真数葉が残こされている。

二、平成30年(2018年)12月

時代は下り平成最後の年。降って湧いたような事態で、短期ながら老生の県人会館への電車通勤(桜木町~御徒町)が始まる。御徒町駅南口から会館に向う途中、目に付いたのが「旧町名由来案内」。その中の「黒門町」という文字に、私の想念は、俄に60年前の学生時代に立ち戻ったのだった。

Ⅲ、懐かしき「黒門町!」

昭和32年4月。私は永井先輩の後へ続く。偶々専攻学科の先輩に大学の落語研究会(暉峻教授(江戸文学)・顧問)(通称オチケン)の創設者・小澤昭一さん(昭和4年生れ・俳優)(良寛の遠戚)がいたこともあり、古典落語の世界へ没入。当時、日本の落語界の三大名人といえば、古今亭志ん生(五代)、三遊亭圓生(六代)、贔屓の桂文楽(八代)。

寄席やホール落語の会場などで文楽師匠が高座にあがると、「黒門町!」と間髪を入れずに掛声。住地名で呼ばれるのが、噺家冥利だったのである。(会報誌:2021年1月 樋口 高士)


「黒門町」由来

黒門町という町名は江戸期、寛永寺総門の黒門にちなみ誕生。◎後に新黒門町の起立により黒門町は元黒門町に改称。さらに新黒門町は御成道(現中央通)で二分、西黒門町、東黒門町に。

昭和39年の町名変更で西黒門町は上野1丁目に変わる。

◆東京新潟県人会館の現・住所表示は台東区上野1丁目13番地6であるが、文楽師匠の住居は、会館の一本裏の小路の1丁目9番地のブロックの一角、現・落語協会の並びにあった。

◆現在、上野1丁目(旧・西黒門町)の町内会は「黒門町会」と称する。

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