拉致問題の解決に向けて 【レポート】

会の活動報告

第33回 文化講演会(主催:文化委員会)
拉致被害者の立場から 講師 蓮池 薫

・日時:2月5日(金)14:00~
・会場:県人会館2Fホール

 第33回目となる文化講演会の今回のテーマは、蓮池薫さんをお迎えしての「拉致問題の解決に向けて」。会場受付には、「拉致被害者を救う会」の支援という「ブルーリボン・バッジ」も用意。講演会は、定刻午後2時、樋口昭文化委員長の司会で、山本ミチ子実行委員長のご挨拶に続いて、講師・蓮池薫さんが登壇、講演がスタート。
 以下、当日の講演会のレポートをお届けします。


 冒頭、「拉致への問題意識がだんだん薄れてきている中、今日のこのような席をご用意いただき、深く感謝致します」との挨拶から講演が始まった。

 北朝鮮による誘拐拉致は、戦後間もない金日成(キム・イルソン)の時代から既に盛んに行われていた。1970年代、金正日(キム・ジョンイル)になって、一層活発になった。2代目の正日は、秘密工作の担当部署は国の政治を変える重要部署として力を入れ、他国からの誘拐拉致は常套手段としていた。

 日本人の拉致が明確になってきたのは、1977年の石川県の男性に続いて、新潟の海岸から幼い横田めぐみさん、他に4組のアベックなど多くの事件があり、蓮池薫さんは、1978年4月に拉致された。

 蓮池さんが大学生の時、夏休みで帰省した際に、柏崎の海岸から拉致された時の様子が生々しく克明に語られた。この時は、会場も引き締まった雰囲気に包まれた。その後の拉致24年間の北朝鮮での生活は厳しいものだった。招待所という工作員のアジトでのスパイ教育や日本語の翻訳業務だった。

 この時期に世界を震撼させた大韓航空爆破事件が起き、実行犯として逮捕された金賢姫(キム・ヒョンヒ)に日本語を教えていた同じ拉致被害者の田口さんや、また後に韓国人と結婚した横田めぐみさん、そして彼女のご主人とも招待所で親交があったなどの話は、非常に興味深いものだった。

 しかし、この時期の金政権による秘密工作の実態は明確にされず、その対応も曖昧。とにかく、言うことは常に辻褄の合わないことばかりで、我々拉致被害者への対応も同じであった。

 2002年9月の小泉首相訪朝で事態は変わった。この時初めて横田めぐみさんの拉致誘拐の事など、北朝鮮側も、やっと「拉致」と認めた。その背景には、大飢饉などによる国の貧困など、自国の危機意識があった。

 そのため、小泉首相を迎え、国交正常化にむけて話し合いを持ったもの。日本との国交を回復すれば、約1兆円の賠償金が入ると目算していたとも言われる。

 日本政府と交渉されてきた中で、北朝鮮の言ってきたことは嘘ばかり、横田めぐみさんの偽遺骨返還などもそのいい例である。「誘拐拉致」自体を北朝鮮に言わせると、「日本海で遭難していた人を、近くにいた我々の船が救助し、こちらに連れ帰ったものであり、その後は本人の意思でこちらで生活している。」と主張していた。

 2011年金正日が死去し、三代目金正恩(ジョンウン)へと政権交代したが、当時はまだしも現在は、内外ともに非常に厳しい環境になってきている。何故今もって拉致問題が進展しないかは日本との交渉の材料にしているのは明確で、核問題とミサイル、拉致問題はその次で、ロシアや中国、アメリカの三大国との絡みや思惑などが存在も大きく、難しいものとなっている。

 良くも悪くもアメリカトランプ政権のとってきた政策と、今後バイデン政権はどう対応していくのか。ただ、今の北朝鮮は中国の対応次第で国は亡びるのでは…とも。「現実として、まだ多くの日本人拉致被害者が北朝鮮で生活を強いられている。全員の帰国を目指し、この問題を風化させないためにも、日本としては今こそ強い態度を示すべき」と結ばれた。

 私がかねてから抱いていた「この拉致事件における日本政府はじめ他の国の弱腰は何故?」という疑問も多少は理解できたが、まだスッキリしないものが残った今回の講演会受講でした。
(広報委員 佐藤勝)