世界の珍色一位猛毒「フグの卵巣の糠漬け」

ドキュメント・世界の珍色一位猛毒「フグの卵巣の糠漬け」
本間 壯平

 先日、某紙の企画で発酵学の大家・小泉武夫先生と「世界の珍食奇食ランキング」を決めるという対談を行った。夫々が過去に食べたゲテモノや臭い食品などを上げていたのだが、最終的に一位になったのは小泉先生が推した石川県産「猛毒フグの卵巣の糠漬け」であった。ヘンキョウ探検家高野秀行の「へんな食べもの」(週刊文春)より
 河豚(フグ)の卵巣の糠漬けは石川県の郷土料理。河豚の子糠漬けとも呼ばれる。しかし、佐渡にも一軒、更に酒の粕に漬けたものがある。


河豚の卵巣の糠漬け(ウィキペディアより)

 フグの中でも卵巣は最も危険部位で、一匹で三十人を殺せるほどの毒があるそうだ。そんなものをどうやって食べるのかというと、まず卵巣を三~五か月ほど塩漬けにしたあと、糠味噌樽の中に漬けておく。
 すると、糠味噌の乳酸菌による分解で毒が少しずつ減り、三年後にはすっかり無毒かつ美味しい卵巣漬けになっているという。
 こんな異常に高度な技術が江戸時代から培われていたというから、日本人の食い物に関する貧欲さは恐ろしい。技術が確立するまで何人かが犠牲になったか分からないではないか。ほんの少しでも毒が残っていればアウトなのだ。他にも食べ物がたくさんある訳だし、どうしてそこまでしてフグの卵巣に執念を燃やしたものかわからない。
 先生がお土産にビニールパックされた商品(㈱あら与「ふぐの子糠漬け」)を一つくれたので、家に持ち帰って食べてみた。色は合わせ味噌程度の色、大きさや形状は明太子カラスミ。口に含むとかなり塩辛いが、同時に乳酸菌発酵ならではの、弾けるような旨味が押し寄せる。なるほど、これは酒の肴にもご飯の供にも良さそうだ。

「製法の秘密」

 ふぐの内臓が猛毒であることは、古くから知られていたが、何故、何時から食べるようになったのか、それは分かりません。
 なぜか石川県だけで、いつの頃からかふぐの卵巣を糠漬けにする調理法が発明され、現在まで伝わっている。塩漬けにした後、糠漬けにすると毒が消えて、とても美味しい「ふぐの子」になるのである。ある微生物が猛毒テトロドトキシンを分解するらしいが、詳しく解明されていないため、製法を変えることができないのである。本漬けは約二年間、樽の縁に置いた藁に、いわしのエキスで作った指し汁を花に水をやるように流し込みながら、自然の発酵を待ちます。二度の四季を過ごすうちに微生物が残った毒をきれいに消し去って、独特の旨味を作り出すのだそうだ。出来上がった糠漬けはこのようにしっかり漬かっているので、かなり塩辛く仕上がります。

加賀藩主に代々珍重される

 加賀地方では、古く江戸時代から沿岸で捕れたふぐ、いわし、にしん等を米糠や酒粕にて樽漬けする習慣があり、非常食用、冬場のタンパク源として作られてきました。
 風味も良いことから加賀藩主に代々珍重されており、供給量も限られていることから食通の間では「幻の珍味」として注目を集めている。
 また、さばの糠漬けは地域によっては「こんかづけ」(小糠漬け)「へしこ」(さばを圧し込んで漬けることから)と呼ばれる北陸の名産品として、酒肴としてはもちろん、ご飯やお茶漬けに乗せても大変美味しいと呼ばれている。


築200年!江戸時代の船蔵を、現在は樽を置く倉庫として使っている


倉庫の中の木樽。最近は樽を作る職人が減り、同じものを何十年も使っているとか

御食国(みけつくに)・若狭小浜(おばま)

 福井県小浜(おばま)市は、江戸時代までは「若狭国」(わかさのくに)と呼ばれ、古くは宮中の食前を司った藤氏(かしわし)が始めた国と言われ、天皇のお食事を供給する「御食国」といわれていました。
 若狭湾沖は日本海特有の冷水に、暖流が複雑に流れ込むことで好漁場となり、身の引き締まった魚介類が育つのである。鯖や甘鯛をはじめ一塩された魚を夜を徹して歩き京へと運べば、到着時にはいい塩梅の絶妙の味に仕上がっていたという道は、やがて「鯖街道」(さばかいどう)と呼ばれるようになったと言われている。

鯖街道「へしこ」(圧しこむが語源)、300年の歴史

 脂ののった鯖を塩漬けにして2~3週間おきその後、糠・唐辛子・その他(当店に代々伝わる秘伝)を加え、上に重石を載せ、秋口までの半年間もの間眠り続けて、鯖のへしこが出来上ります。
その香ばしさと甘さをお楽しみいただきたいものである。

河豚の卵巣の糠漬けの概要

 フグの卵巣には、肝などと同様に致死性の高い毒素であるテトロドトキシンが多く含まれているため、そのままでは食用にはできない。
 しかし、石川県白山市の美川地域、金沢市の金石、大野地区では、その卵巣を2年以上にも亘って塩漬けにする事で、毒素を消失させ珍味として販売している。
 なお、新潟県佐渡市には河豚の卵巣の粕漬け、福井県高浜町に塩や酒かすに漬け込んで毒を抜いた珍味「福のこ」という似た料理がある。
 食品衛生法により食用が基本的に禁止されている卵巣を、この加工法で食品として製造しているのは、日本全国でこの美川、金石、大野地区のみである。一般的な魚卵に比べて塩漬け期間が長いため、塩気が強いのが特徴。味は濃厚で、米飯と共に食べたり、酒の肴として重宝される。また、強い塩気を生かしてお茶漬けやパスタなど料理の味付けに活用されることもある。

秘伝の製法とは

 5月から6月にかけて日本海沿岸で獲れたゴマフグを解体し、取り出した卵巣を1,000リットルタンク内に漬けこむ、この際に約30%もの食塩を加えるため、内部の水分が外に湧出して卵巣が固くなる。
 塩蔵は一から2年間かけて行われ、それが終わると水洗いをして表面の塩を除いた後に糠、米麹、唐辛子と共に一斗樽に漬けられる。
 この糠漬けの工程では石の重しなどで木の蓋を押させて空気に触れないようにし、イワシから作った「いしる」が縁から注ぎこまれるのである。半年ないし一年ほど糠漬けされた卵巣は、採取してマウスでテトロドトキシンの含有量を調べた後、出荷される。石川県の要項では基準値は一グラムあたり10マウスユニット以下となっている。また、糠漬けの後にさらに酒粕に一か月漬け込むと「河豚の子粕漬け」となる。(佐渡の河豚の子の酒粕漬け)

除毒の機構について

 フグ毒がいかなる要因によって減毒されるのかについては、未だ不明な点が多い。
 卵巣を塩漬けにする際、塩析効果まで脂質が分離して水分とともに外部に析出するが、この時毒素が希釈されるのではないかと考えられている。塩析効果は糠漬けの時期にも続き、テトロドトキシンの量は塩蔵時に30分の1にまで低下する。
 糠に含まれるある種の酵素が発酵する際に毒素を分解するのではないかという説がかつてあったが、卵巣の糠漬けから採集された2000種類以上の細菌からはいずれもテトロドトキシンの分解能が確認されなかったうえ、細菌の培地に糠漬けを接種しても毒量は変化しなかったとの研究結果があり、減毒効果が微生物の働きによるものである可能性は極めて低い。特に塩蔵時は好塩性細菌でも活動できないため、この点からも発酵による分解は考えにくい。


鯖、鰯、フグの子(卵巣)糠漬け

製造の資格免許

 河豚の卵巣の糠漬けの製法は、フグ加工に関する資格免許を持つ業者にのみ許されており、出来上がった糠漬けは、石川県予防医学協会による毒性検査を受け、毒素が消失したことを確認した後に出荷されている。(本間 壯平 会報誌:2017年11月)

参考文献と画像

坂垣英治「フグの子糠漬け」
奇跡の毒抜き~フグの卵巣の糠漬けに見るいしかわの発行文化~
石川新情報書府
フリー百科事典「ウィキペディア」

アイキャッチ画像(冒頭):東京別視点ガイド
冒頭挿入画像(#1番目):ウィキペディア(河豚の卵巣の糠漬け)
文章内挿入画像(#2~4番目):いしかわや

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