父・蕗谷虹児

デビュー百周年記念 特別寄稿

父・蕗谷虹児(新発田市出身)

蕗谷龍夫(虹児の三男・元蕗谷虹児記念館々長)

「バラの花片の枕をなさってるって、ほんと……?」教師になりたてのひとに手を引かれて、私は小走りに駆けていた。父のことばかり訊かれた。
 うん。私は頷いたが、首筋にはソバガラの擦れる感じを思い出していた。枕といえば、私のも家中のだれのも、ありきたりのやつだった。父の枕といえども,断じて花片のなんかではなかった。
 バラなら、庭いっぱいに咲ていたが。

 私は頭をひねった。そして気付いた。父の枕などありはしないことに。そうなのだ。枕どころか、父は寝ないひとなのだ。が、そんなことは喋れない。お寝みなさい。母にうながされ、兄弟して画室の前で声をはりあげると、父は仕事机におおいかぶさったまま、アとかウとか返事をした。頷くだけの時もあった。
 家の中には他にも寝不足の顔が見られた。締切近い記者たちであった。母もまた、よく前夜の着物姿で起きていたが、朝は襷がけなのがちがった。
 

蕗谷虹児
蕗谷虹児 51歳 画室にて 1949年


 ある朝──。
 にぎやかに蓄音機が鳴っていた。漢詩の拓本の軸のかかる十畳間だった。突然画室から足先が出た。一直線に足は近づいて、、レコードを針ごと踏みつぶした。記者がとびすさった。レコードはその記者の土産で、「狸噺子」が表面、砕かれたのは裏面のときだった。私は泣き出した。仁王立ちになった父は、画ペンを握りなおし、また画室にもどっていった。

 べつの日──。
 記者のひとりが、長押しの槍をはずし、縁先から楓の幹に突き立てたことがあった。その槍は華奢なつくりのものだったが、刃物にはちがいないので、子供が触ることは禁じられていた。私は思わず固唾をのんだ。ところが、来客に囲まれて赤い顔の父は、笑っていて咎めようとしないのだ。記者は奇声を発し突き立てることをくり返した。

 空襲が厳しくなる前に、一家は神奈川県の山北町に疎開した。父が渓流釣りで見知った土地であった。小屋みたいな家を建てたが、それまでは寺の一間で、学童疎開と壁をへだてて暮らした。母はほどなく、私のシャツに白い虫を発見して飛び上がった。父の命で裸になって調べあったら、のみ虱が一番多かったのは、なんと父の脱いだシャツ裏だった。父は負け惜しみ言った。もっと凄い南京虫にパリ生活で慣れっこだったからと。それにしても、あの痒がり屋の父が、どうして先に気付かなかったのろう。

 一家は蜜柑畑を一反歩かりると、甘藷畑に耕し替えた。南瓜もつくった。朝早く父と子は、花粉の蜂のように雌花の芯にまぶしてまわった。丹沢山麓の前衛の山へものぼった。開墾にだ。リヤカーがなくて、山車まで自らつくる羽目になった父は、それでもちゃんと平均に車輪をころがして見せた。子どもと母はわら草履をあんだ。鼻緒にまぜる布の配色に工夫をこらして。 母の晴れ着が食料に化けていった。槍が消え、代わりに一ちょうの鉈が、痩せてしまった父の腰をまもった。貼り合わせた板に唐草を彫り抜いた。その鞘もまた、父の仕方なしの手製であった。
 

蕗谷虹児
虹児が描いた「龍夫」のデッサン


 兎を飼い、軒下に箱を積み上げた。それをつぶすのは、決まって夜……。子はふるえて、闇の底に父の阿修羅ぶりを窺った。酒匂川では鮎が釣れた。父の釣りは玄人に近かったが、地元でしゃくりとよぶ引掛け釣りよりは、楠製のケースから色とりどりの毛ばりを選んでする釣り方を好んだ。
 戦後まもなく、家の前を走る御殿場線の列車から、線路に身を蹴らして最短距離を一人の男が訪ねてきた。特攻の生き残りだという記者だった。踵の高い靴をはいた女の記者は、駅から石ころ道をやってきた。ふたたび、父は画きはじめた。

 それは戦後の仕事に続いているが、この頃の仕事はおもに、毎年の個展のため、あるいは個人画集のためのようだった。中伊豆の画室を訪ねると、大半、流れる湯音にまじって、耳に馴染んだ咳払いが聞こえてくる。新しい詩画集の仕事に変わらぬ意欲を燃やす父の晩年の姿でした。
 抒情画家、花嫁人形の詩人────。
 しかし、虹児にも生活はあったのであり、子の知るかぎり、父のそれは苦闘の連続であった。「泣くに泣かれぬ花嫁人形は……」父自身がそれを歌うのを、かつて家人は聞いたことがない
(1976年 別冊週刊読売「抒情画三つの明星 蕗谷虹児」より)

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